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レギオン

世界史コンテンツ(のようなもの)


~古代 3限目 レギオン~ 
 










「休憩時間も終わったことですし、そろそろ講義を再開しましょう」




「ローマ軍がファランクスからレギオンに移行していった理由について、説明して貰おうか。前回のファランクスの講義を聞く限りでは、戦術を転換する必要に迫られるようなものには思えなかった。レギオンはファランクスが進化した戦闘隊形ということか?」




「でなければ、ファランクスじゃ勝てないような敵が出てきたとか?」





「アルクェイドさん、なかなか良い意見ですね。ローマ軍がファランクスから決別するきっかけとなった戦いがあるのですが、先ずはその戦いを解説しましょう。それはローマ人が蛮族と侮っていた相手によって敗北を喫した戦いでした」




「共和制ローマの時代だから…ケルト人のことか?」




「はい。『無知と無謀と無秩序の象徴』と、ローマの歴史で紹介されるケルト人ですが、実はローマ人との紛争の初期段階においては、彼らの方が主導権を握っていました。ローマ人がケルト人を軽視していたのに対し、ケルト人たちはローマのファランクスを知悉していた節さえ認められます」





「蛮族だからって侮ってたわけね。その割には鎖帷子とか金属加工技術はケルト人の方が進んでいたんだけど」





「BC:390アリア川において、ローマ軍とケルト軍は対峙しました。アリア川は細流で、地形障害としての強度はあまり期待できませんでした。そのためケルト軍は躊躇うことなくアリア川を越え、ローマ散兵(ヴェーレス)を簡単に排除してファランクスに正面から強襲を加えました」





「蛮族がろくに隊形も整えず無秩序にファランクスに正面から殴りかかっても、軽く排除されるだけだろう」




「いえ、ローマ軍はこの時点で致命的なミスを犯しています。敵の作戦意図を読み誤り、純粋な戦術攻撃隊形であるファランクスを固定的な防御戦闘に投入したことと、ケルト軍にとってはたいした障害とならないアリア川が、鈍重なファランクスには大きな足枷となったことです」





「ファランクスには不向きである防御戦闘を行ったため、決定的な打撃をケルト軍に与えることができなかったわけか。しかも、機動の自由がアリア川によって封じられていたということは…」




弱点である側背が敵に晒されやすくなったってこと?





「そのとおりです!本来、側面を守る役目を果たすはずの散兵も既に蹴散らされていたため、無防備なファランクスの側背に、ケルト軍が新たに投入した後衛戦力は圧力を掛けました。まともに方向転換もできなかったファランクスは、その圧力に耐えきれず隊形が崩壊してしまいました」





「一旦隊形が崩れてしまえばローマ軍と言えど、どうしようもあるまい」




「そうなりますね。後退援護のために隊列を組もうとしていたローマ軍後衛部隊も、ケルト軍の追撃部隊によって撃破され、ローマ軍は秩序だった後退から潰走と言うべき状態となったのです。そしてパニックを起こした部隊が同士討ちを始め、恐慌状態のままティベル河に殺到し、そこで大部分の兵が溺死しました…事実上の壊滅です」





「強力なファランクスも戦い方次第で、簡単にやられちゃうんだ…」




「その後、ケルト軍は戦場と近隣地域を2日間かけてのんびりと掠奪し、その後ようやく首都ローマへ向けて進軍しました。そして防衛戦力を喪っていた首都ローマは簡単に蛮族の手に落ちたのです」





「それが教訓となった訳だな。一度痛い目にでも遭わないと、軍の改革という難儀な事業に取り組むような機会はないのだろう。それで、新しく考案されたのがレギオンということか」




「そうなのですが、ここで注意して欲しい点は、レギオンはファランクスの進化系ではないということです」





「どっちも重装歩兵の密集陣でしょう?なんで?」




「レギオンとは、簡単に言うとケルト軽歩兵に対抗するための戦闘隊形なのです。それは圧倒的な突撃衝力で敵の隊形を崩し蹂躙することに特化したファランクスから、白兵戦を重視し持続的に戦力を発揮でき、攻撃と防御のバランスのとれた汎用性の高いレギオンへの変容と言って良いでしょう」





「白兵戦を重視?ファランクスの突撃とは意味が違うのか?」





「長槍は隊列を組んで槍衾を作り集団で運用するには向いていますが、一旦隊形が崩れたり、懐に潜り込まれると、ほとんど役に立たなくなってしまいます。そのためレギオンでは兵士達は鋼鉄製の両刃の短剣(グラディウス・ヒスパニクス)を主武器としました。長槍と違い白兵戦において極めて有効な武器です」





「しかしファランクスの突撃衝力は失われてしまったことになる。敵の隊形を崩す力がなければ、敵の密集陣を打ち破ることができない」




「敵の隊形を崩す方法として、投槍(ピルム)があります。投槍を一斉に投擲することによって相手の隊形を乱すと共に、敵兵士の持つ盾に突き刺さって抜けなくなり、その盾を使用不能にすることができました。そして得意の白兵戦を仕掛けることで、敵の密集陣を打ち破ることが出来ます。もちろん散兵からの援護や騎兵の側面攻撃もあるわけですが」





「キチガイじみたファランクスの突撃に比べると決定力に欠けそうだな」




「そのかわり、ファランクスに決定的に欠けている持続力という強みがあります。常に突撃を続けなければならないファランクスとは比較にならないですね。白兵戦で名高いケルト軽歩兵に対抗する手段は、部隊を複数用意して交互に戦闘加入させることにより、戦闘と再編成を繰り返すことによって組織的な戦力発揮の維持を図ることです。これはファランクスには絶対に出来ません」




「複数の部隊を交互に戦闘加入だって!敵前でそんな真似ができるのか?前線の兵士たちは文字通り肩を接して戦っている。そこに新たな兵士を投入しても前線の混乱に拍車をかけるだけではないか!逆に前線の兵士を後退させようとしても、後退がなし崩しに敗走に変わる危険もある」




「それを可能にしたのが中隊(マニプルス)戦術です。この戦術の最大の特徴は、この部隊交替を可能な限りマニュアル化して、何度も反復訓練することにより実現させました。その結果、兵士個人の体力と気力の限界を超える長時間の戦力発揮を実現したのです」





「中隊(マニプルス)戦術?」





「詳しくはココを参照してください」





「相変わらず手を抜いてるわね~。…ふーん、なんだかチェス盤みたいな部隊配置になっているのね」




「ファランクスに比べると、随分と複雑に見える。指揮統制が難しいだろうな」




「そうですね。特に白兵戦に突入してしまうと、高級指揮官は直接指揮することは出来ないでしょう。全ては百人隊長の指揮能力にかかってきます。ローマ軍において最下級指揮官である百人隊長こそがレギオンの骨幹と言われる所以ですね。当然ながら、前述した部隊交替の実施も百人隊長の重要な任務です」





「部隊交替と簡単に言うが、実際にはどのようなやり方で交替したんだ?」





「戦闘中の第1戦列にかわって第2戦列を戦闘加入させる必要が生じた際は、第1戦列が第2戦列の中隊間の間隙を通路として後退し、その後第2戦列の後列百人隊が前列百人隊の左側に並列に展開しました。勿論、戦闘中の戦列交替であるから整然と行われたとは考えにくいため、第1戦列は戦いながら少しずつ後退し、それを掩護するために第2戦列の後列百人隊が第1戦列の兵士と一部重複するように展開し、一時的にせよ戦列が開放されないようにしていたのだろうと思われます」




「色々考えて慎重にやってるみたいだけど、それでも非常に危険な行為よね、これ。敵に襲ってくれって言ってるようなものだわ」




「まぁ、実際には敵を撃退した直後等の戦況の緩な時や、追撃に移行するような状況を利用して交替するほうを好んでいたのは事実です。しかし、例え戦闘中でも常に新手を投入できる手段があるという保証が計り知れない利益となったことはまず間違いないでしょう」




「なるほど、予備戦力か。現代の戦争でも常に予備戦力の確保は重要視されているからな」




「予備戦力とは違います。いわゆる『火消し役』のような運用はされません。白兵戦では戦闘正面幅に投入できる戦力は物理的に制限される訳ですから、その交代要員に過ぎません。それに近代以前の戦闘において戦術的な予備戦力を保有することはあまり賢明な考えではなかったのです」




「何故だ?予期し得ない戦況の変化に対応できる予備戦力は絶対に必要だと思うが」





「適時適切に予備を投入するためには、状況を把握し、決心し、方針を決定し、命令を作成し伝達し、命令を受けた部隊指揮官が隷下部隊に任務を付与し、それを受けた部隊が作戦準備を行うという段階を踏む必要があります。無線のない時代ですよ?状況に応じて予備部隊を即応させるには、時間が掛かりすぎます」




「例えば騎兵を予備戦力とすればどうだ?機動性に優れる騎兵ならば即応させやすいだろう」




「任務の定かでない部隊を拘束しておくような贅沢が常に許されるとでも?予備に騎兵を置くとすると、前線での騎兵戦力が弱体化します。もしもこちらが後手に回って予備の騎兵を上手く即応させられなかったとしたら? 近代以前の戦場では、持てるカード全てを一挙に切るべきだとする考えが常識です」




「確かに予備戦力は投入のタイミングが難しい。下手すると単に遊兵にしてしまう恐れもある。だったら初めから正面戦力としておいた方が合理的ということか」





「騎兵と言えば、ローマ軍は騎兵をどう運用したの?マケドニアのファランクスでは騎兵が攻撃の主体だったわよね。レギオンはあくまで歩兵中心の戦術だと思うんだけど、騎兵についても説明が欲しいわ」





「ローマ軍は騎兵の重要性をちゃんと認識していました。しかし、大きな問題があったのです」




ローマの騎兵って弱いんでしょ




「はい。馬を買える金持ちから組織される騎兵と、騎乗が生活の一部として育ってきた生まれながらの騎兵。どちらが戦場で役に立つかは一目瞭然です。それにローマ軍は、伝統的に騎兵という兵科を戦術的に扱う経験に欠けていました」





「では戦場では騎兵はあまり頼りにされなかった訳か?」




「いえ、実にローマ人らしい方法で問題を解決してしまいました。自国で騎兵を養成するよりも同盟国から騎兵を調達するようになり、更には征服した民族から傭兵として騎兵隊を部隊単位で雇い入れたのです」





「ガリア騎兵とかゲルマン騎兵とか多いもんね。餅は餅屋ってことかな」





「騎兵の運用についてはどうなんだ?」




「実にオーソドックスな戦術を用いました。中央からレギオンが押し、両翼に騎兵が展開して敵の側背を突く。単純ですが、それ故に有効な戦術でした」





「ホントにローマの連中はそういう面白みのない戦術が好きね~」




「彼らは『勝つべくして勝つ』という王道をいってますから。平凡だが強力、そしてなにより数が多くいくらやっつけてもキリがない。敵にはしたくない相手です」




「キュロス王やハンニバルの苦労が理解できるわね。戦場ではいつも勝っているのに、最終的には負けちゃうんだから。だってローマ軍ってどれだけぶっ殺しても次々に新手が出てくるだもの。普通はちょっと負けが込んできたら、少し相手に譲歩して和平を結ぶもんなんだけど、ローマ人って自分が滅びるか相手が隷属するまで戦いを止めないようなとんでもない連中なのよね」




「キュロス王やハンニバルが完膚無きまでに叩きのめしたローマに和平の使者を送ったら、帰ってきた返事が『全面的な敗北を認めよ』ですからね。どっちが有利なんだか分かりません」





「これだからローマ人は…」




「第2次ポエニ戦役時ですら、根こそぎ動員を行えば70万人の兵員を揃えることが出来たそうですね。現実問題としてそれだけ動員できたかは微妙ですが、ローマ軍最大の強みであるマンパワーの凄まじさを物語っています」




「新兵器や1人の天才は、戦場を変えることは出来ても、戦争そのものは変えることはできない。最終的にモノを言うのは純粋な国力ということか」




「そうですね。ローマ軍は決して無敵という訳ではなく、レギオンは確かに強力ではありますが弱点もありました。地形踏破力は高くなったものの、ファランクスと同様に鈍重な機動力を克服出来た訳ではありませんし、突撃衝力に欠けます。さらにレギオンを維持するには厳格な軍規と指揮統制、絶え間ない訓練、装備の均一化等の代償を支払う必要がありました。しかし、仮に破れたとしても、すぐにでも強力な軍団を次々と戦場に放り込める圧倒的な国力があったからこそローマ軍は最終的な勝利を勝ち取ってきたのです」





「ところで、最初にファランクスとレギオンはまったくの別物だ、みたいなことを言っていたけど、実際に戦ったらどうなるの?レギオンはケルト軽歩兵対策のために生まれた戦闘隊形でしょう?相手がファランクスだったらどうなるわけ?」





「ローマの対マケドニア戦役では、ローマ軍が勝利しているのですが、正直言って、この時のマケドニアのファランクスは、以前説明したアレクサンドロス大王の時代のファランクスとは別物になってしまっているので単純な比較は難しいのです」





「どこが違うの?」




「マケドニアのファランクスでは騎兵が攻撃の要になるはずなのですが、その騎兵の数が減っているのです。しかも重装歩兵は鈍重なまま。それに比べてローマ軍は騎兵戦力において圧倒的に優勢でした」




「それじゃ、マケドニア軍は翼の防御が不可能じゃない!しかも重装歩兵が当時のままだとすると、重装化で機動力が低下しているわけだから…」





「勝てる道理がありません。できることならアレクサンドロス大王が率いるファランクスとの対決が見てみたかった気がしますが、こればかりはどうしようもないです。さて、時間も無くなってきましたので、今回はここまでとしましょう」





「よく考えたら、最初は火器の話が云々言っていたのに、全然でてくる気配がないわね」





「そもそも私が呼ばれたのは火器に詳しいからだった気がする…」





「火器は私の専門外ですから…残念ですが講師としてはお役に立てません」





「期待しないで気長に待ってもらうしかないにゃ」






4限目へ続く


※アイコンは眠りの園よりお借りしています。


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